完璧を目指す罠

考えたこと

完璧を目指して努力する。

完璧を目指し、頑張るのは素晴らしいことだ。

しかし、完璧にしなきゃと思うあまりに自分を苦しめている時がありはしないだろうか。

この状態の「完璧を目指す」には疑問が残る。

この苦しみを乗り越えた先に道は開けるといった、一見その通りに思える言葉があるけれど、

僕は苦しんでストレスをため込んでしまったり、自分に対して否定的になってしまうくらいなら、いっそ完璧なんて目指さなくてもいいと思う。

人によって感じ方や考え方は違うのだから、みんながみんな「完璧を目指す」という様々な解釈の持てる一言を掲げて努力するのは無理があると思う。

自分自身を追い詰めて、自信を失ったり、ましてそのストレスを周りにぶつけてしまうような状況になっては仮にその先に成長があったとして、とてもそれが続くとは思えない。

人間関係まで悪い方向に影響が出てしまいかねない。

そもそも、完璧って何だろう。

人類の歴史が始まって4000年、人間社会は完璧になっただろうか。

数え切れないほどの人の人生の上に今の社会は成り立っていて、その恩恵を受けて僕らは生きているが、理想を掲げたらキリがないのは今の社会を見ても明らかだと思う。

だから、完璧の呪縛にとらわれたままでは、いつまでも苦悩の霧が晴れる事はないだろう。

大事なのは、今より良くなっていくという方向性だと思う。

だから「完璧を目指す」ことで病んでしまい、むしろ逆の方向に進んでしまうなら、それは本末転倒だから、完璧を目指すのはやめればいいと思う。

完璧を目指さなくても、より良くしていく為の考え方はあると思う。

小さなことでも、それを達成しても完璧ではないかもしれないが、より良くなっているなら方向は間違っていない。自分をほめる事が出来る。

それでいいんじゃないかなと思う。

大事なのは、完璧を目指すことじゃなくて、より良くしていこうとする気持ちを作ることだと思う。

コメント