伏見夢百衆という店がある。
人通り寂しい路地の曲がり角に厳めしく佇むその建屋は、京都伏見で最古の酒蔵、月桂冠の旧本店社屋を活用したおくつろぎ処である。
大正時代に建造されたという月桂冠株式会社の本店は、古き良き風情を残す伏見の街中においても、ひと際時代を感じさせる風貌をしている。
近寄りがたい。
第一印象はそれであった。
しかし、調べるとおくつろぎ処である。
日本酒バーなどと呼ばれることも、あるいはあるらしい。
とてもそうは見えない。
青空よりも曇天が似合いの湿気を含んだような色合いで、多くの陽光を受けてきたというよりも多くの雨風を受けてきたといった方がしっくりとくる。そんな見た目である。
入口の石造りの階段は短いけれども、厚く、高く、急で、入口の扉もいささか縦に長い上に奥まっていて暗く、よりいっそう近寄りがたい。
と、あまり陽気でない印象をのべつまくなし述べてきたけれども、実のところ、私のお気に入りの場所の一つである。
甘酒オレが旨いのだ。
酒に強ければ利き酒など、この場に最もマッチした嗜みが出来るのだが、非常に残念なことに私は酒にめっぽう弱いので、酒の本場が醸し出す経年の雰囲気とともに酒のもたらす美味を堪能することにした。
京都を彩る紅葉も終わりが近づき、盆地に厳しい冬の気配がせまる今日、とても寒かった。
私は暖かい甘酒オレと酒粕あんトーストを注文した。
甘酒オレにはマシュマロが2つ、付いてくる。可愛らしい。
一つ浮かべてまずは一口すする。純粋の甘酒よりも甘さは控えめで、トースト上の酒粕からただよう日本酒の香りと相まって、大人な感じである。
酒の飲めない、いい大人がそんなことを思う。
次はトースト。ナイフとフォークがついている。
どんなに荒っぽくナイフを突き立てようとも安心な、ぐるりと丸いこの大きな皿にのせられた、その美味しそうな奴は、やっぱり、美味しいのである。
酒粕と餡を好みの量のせて、パクッと一口。
幼少のころは受け付けなかった酒の香りが鼻腔を突き抜け、ほうっと一息。
脳が喜びのオキシトシンで満ちていく。
そうしてあとは、楽しい時間はあっという間の法則に則り、おそらくは幸福の時間を過ごしたのだろう。
夏は冷たく酸っぱいものを楽しむために、冬は暖かく甘いものを楽しむためにある。
いや、甘いものは通年、いつであっても欣幸をもたらす魅力そのものである。
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