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弟が好きである。 私には妹もいるが、こう弟だけを取り上げ強調してしまうと、兄弟を比較する卑しい人間という印象を抱かれるかもしれないが、妹も好きである。 確かに、私はブラコン要素が少しばかり強調された性格を有しているかもしれない、しかし、それ...
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伏見夢百衆で(記録/2021.12.05より抜粋)

伏見夢百衆という店がある。 人通り寂しい路地の曲がり角に厳めしく佇むその建屋は、京都伏見で最古の酒蔵、月桂冠の旧本店社屋を活用したおくつろぎ処である。 大正時代に建造されたという月桂冠株式会社の本店は、古き良き風情を残す伏見の街中においても...
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何でもない日

拝啓 ずいぶん長い間連絡も途絶えていたというのに、急なお便り大変驚きました。 いえ、とても嬉しかったですよ。 私の自宅のポストに入っているものと言えば、電気代かガス代、水道代の督促状を筆頭に、近所にできたピザ屋のチラシやご不在連絡票くらいの...
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割れ鍋を塞ぐ

割れ鍋に綴じ蓋。 そんな仕事もある。もちろん私は蓋をする方だ。 一生懸命蓋をした。くさいものに蓋をする思いであった。 仕方がない、鍋を作る立場にない。鍋を作りたいとも、進言していない。 そもそも鍋の作り方も分からない。直し方すらおぼつかぬ有...
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悲鳴

それは時雨のように、どちらともなくふらふらとおぼつかない気持であった。 涼しいと寒いの間でさまよう鳥肌の、迷った挙句にぞわぞわと、身震いにもならぬ震えに、どうにもならぬ煮え切らなさをたたえて、少年はそこから意識を逃れたいかのように虚空を見つ...
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ネギ

それはネギであった。 根は無く、真っ白に艶やかな葉鞘から深緑の葉身の先端まで、ささやかなグラデーションをもって違和感なく存在感を放つそれは、もしやすると自分の顔より見慣れた、どこのスーパーでも目にする長ネギであった。 その時、私は片足を地面...
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夜景

夜景を見るとホッとする。 夜景はいっとき心を奪うけれど、気力という優しいエネルギーを土産に持たせて返してくれる。 その優しさは日々の手ごたえの無さから来る不安を満たしてくれる。 夜景はなぜ美しいのだろう。 夜景とはなんなのだろう。 夜、月が...
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それでも

出来ると思った。 そう思って、山を駆け、木に登り、川を泳ぎ、崖から飛んだ。 歌い、踊り、100点目指してドリルを解いた。 ついでに勉強の何たるかを親に説いた。 純度100%の絶対的自信。 結果は二の次、もう一回のタフネス。 そんな自分はどこ...
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世界は神が創ったと言われ、それを真に受ける現代人はもはや絶滅危惧種であろう。 しかし、はるか昔。 といっても、たった2600年前ではあるが、ほとんどの人間がそういった話を信じ、同じように寝て食べて生活を営んでいたらしい。 どのようにして、神...
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ネガティブ失敗

三月下旬、新生活への助走をつける人々や年度末の喧騒に巻かれている社会人の行き交う道の傍らで、一足早めに咲いた河津桜が咲き誇り、道行く人それぞれの世界をいくらか華やげていた。 桜の中でもひときわ桃色濃く華やかな河津桜でさえも、その人の世界を彩...